大判例

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東京高等裁判所 昭和47年(ツ)45号 判決 1972年7月12日

上告人

矢島福清

右代理人弁護士

中村源造

外一名

被上告人

金井新三

外三名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告の趣旨は、原判決を破棄しさらに相当の裁判を求めるというのであり、上告の理由は別紙理由書記載のとおりである。

よつて案ずるに、原判決は、上告人を売主、被上告人らを買主とする本件物件の売買契約に際し、被上告人ら主張のとおりの買戻の特約が締結されて、本件登記が経由されたが、上告人が約定期間を徒過して買戻権を失つたとの事実を確定した上、被上告人らは右買戻契約に基づいて上告人に本件登記の抹消登記手続を求める権利を取得したものであり、被上告人らがその後右物件を転売してその所有権を失つたとしても、右登記請求権になんら影響がない旨判示したことは、原判決文から明らかなところである。

上告理由は、本件登記の抹消登記手続における登記権利者は、現に本件物件を所有する第三者であつて被上告人らではないから、被上告人らに登記請求権はないというにある。

しかしながら、上告人の買戻権が消滅した場合において、被上告人らが上告人に対して、本件物件の所有権に基づく本件登記抹消登記請求権を取得するほか、買戻契約自体に基づく(買戻期間満了による原状回復請求権の内容としての)抹消登記請求権をも取得することは、原判決が判示するとおりであつて、後者は物件所有権の帰属とは無関係の権利であるから、被上告人らの本訴請求がこれに基づく請求である以上(このことは訴状の記載から看取できる)、上告人のいうところは右請求を拒む理由となるものでない。そして本件登記の抹消登記によつて登記面上有利になる者が登記手続上の登記権利者であるし、また実体関係に一致しない本件登記を抹消して実体関係に一致させることを要請しうる者が、実体法上の登記権利者であるから、被上告人らが右両様の意味において登記権利者であることは疑いがない。上告人引用の判例の判断事項は、買戻請求の相手方に関するものであつて、本件のような、すでに買戻権を失つた者に対する買戻の付記登記の抹消登記請求権が誰に帰属するかという事案については、右判例が適切な先例とならないことは明らかである。

以上説示のとおり本件上告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のように判決する。

(近藤完爾 田嶋重徳 吉江清景)

(別紙)上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある。

一 原判決は、「控訴人は、本件物件の所有名義は、昭和四四年九月八日、被控訴人らから訴外小間栄治に移転したから、被控訴人らには本件登記の抹消を請求する権利はないと主張するところ、本件物件の所有名義が控訴人主張のように被控訴人らから訴外小間栄治に移転したことは当事者間に争がない。しかしながら、このことから当然に控訴人の被控訴人らに対する前記原状回復義務が消滅するとは解しがたいから、右主張は採用できない」と判示している。

二、ところで、不動産登記法第二六条一項は、「登記は登記権利者及び登記義務者又は其代理人登記所に出頭して之を申請することを要す」と規定しているのであつて、ここにいう登記権利者とは申請に係る登記がなされることにより実体的権利関係において利益を受けることが登記簿上形式的に表示される者であり、登記義務者とは同じく実体的権利関係において不利益を受けることが登記簿上形式的に表示される者をいう。

三、これを本件についてみるに買戻特約の抹消登記を求める登記権利者は、買戻特約の抹消登記を為すことによつて実体的権利関係(所有権)において利益を受けることが登記簿上形式的に表示されている者、即ち現在の所有権の登記名義人たる訴外小間栄治外九名である。すなわち、被上告人らが、本件土地所有権を昭和四四年九月八日小間栄治に譲渡したことにより、実体上の権利関係はすべて小間栄治に移転し、この結果、本件買戻特約付記登記の抹消登記請求権も右所有権の譲渡と同時に実体上喪失したものと解される。

このことは、買戻特約による買戻権の相手方たる地位は、目的物の所有権移転と共に法律上当然に転得者に移転し、転得者は従前の買主の地位を承継したことになり、その後の買戻権者の買戻の意思表示は転得者に対してのみこれをなすべきであり、すでに権利関係から離れた最初の買主に対して意思表示をしても何ら効力を有しない、との判例(大審院明治三九年七月四日判決、民事判決録一二輯一〇六六頁。最高裁昭和三六年五月三〇日判決、最高裁民集一五巻五号一四五九頁)に照らしても明らかである。

四、よつて、被上告人らは本件土地についての買戻付記登記の抹消登記請求権を喪失したのであるから本訴請求は失当として棄却されるべきものである。しかるに、原判決は漫然と、被上告人らが本件土地所有権を第三者に譲渡したことから当然に上告人の被上告人らに対する本件付記登記の抹消登記手続義務がある旨判断したのは、法令の解釈を誤り、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。

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